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私はいかにしてプロデューサーになったのか(第4回)

赤ら顔の、腹をユサユサさせて闊歩するFM大阪電通担当H君の「予算はある(200~300万?)、大阪本社の連中はノーアイデア、FM802にいいようにされて良いんですか!」という挑発に乗り、動き始めた私、まずある人に電話をかけてみることにしました。

■アニマルハウスの大塩さん

<今からバンドスタンドのようなイベントが企画できるのか。>
答はもちろんノーです。
今からバンドを集めたり、場所を確保したりすることなど不可能です。
とにかく、場所はどこでもいいから、既に企画されているオールナイトライブの中継権を押さえるしかありません。
その模様をラインを通じて中継しながら、FM大阪のスタジオからオールナイト放送をする。
スタジオのDJは、できればバリバリのミュージシャンに来てもらいたい。
ええと、誰がいいかな、そう、伊藤銀次さんだったら大丈夫かも。
何で銀次さんだったら大丈夫と思ったのかはよくわかりませんが、私は早速所属事務所「アニマルハウス」のチーフだった大塩さんに連絡をとったわけです。
彼なら、大晦日のオールナイトライブの情報も持っているかもしれないという期待もありました。

■伊藤銀次さん、イカ天の審査員に

伊藤銀次さん、かっては「ごまのはえ」、後に「ナイアガラ・トライアングル」のメンバー、「笑っていいとも」のオープニングテーマ「ウキウキWatching」の作者、そして私にとっては「伊藤銀次のコークサウンドシャッフル」(1980年代FM大阪の人気番組)を制作した仲間でもあります。
アニマルハウスのチーフマネージャー大塩さんとはその時に知り合い、その情報網とか人脈に心から敬意を表しておりました。
とにかく、東京に来て親切にしてくれる数少ない人だった大塩さんに連絡をとろう。
幸い、その年に始まったTBSの『三宅裕司のいかすバンド天国』の立会いのために、毎週土曜日日比谷のシャンテに来るので、私が土曜日に出社している時はよく寄ってくれていたのでした。(当時のFM大阪東京支社は東銀座にありました。)
そうです、伊藤銀次さんはイカ天の審査員だったのです。
彼の知名度がますます上がっていたころでした。

■連絡をただ待つ私、携帯電話のありがたみを今は痛感

今でこそ、連絡をとるとなると、携帯電話で本人を直接呼び出せますが、当時は携帯電話なんかもちろんありません。
事務所にとりあえず電話し、忙しい人なので事務所にいるわけもなく、とにかく連絡してくれとメッセージを残すしかありません。
私も、電話をしてほしいと頼んだ手前、事務所を出られない。
こちらとしては1分1秒もほしいわけですから、とにかくひたすら大塩君の電話を待つことになります。
もう、事務所に何か電話が入っていないか連絡ぐらい入れてよ~。
勝手なことを願いつつ、イライラとした気分で電話を待ちつづける私でした。

■ええ~何それ~

そして、ようやく電話がかかってきました。
アシスタントの女性が「電話ですよ~アニマルハウスの大塩さんからです。」と言われた時に私は思わず受話器に飛びついてしまいました。
「ねえねえ、大塩さん、これこれこういうことなんだよ~、で、さあ、中継できるライブ、何かない~?」
大塩さんは絶句して一言こういいました。
「ええ~、何それ~、そんなのあり~?」
確かに、何勝手なことをいきなり言うんだろうと思われたことでしょう。
ま、それだけ、私も意地になって、やってやろうじゃないかと心に決めていたのだと思います。

(続く)




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100以上の番組、ライブを中心としたイベント、舞台、映画など、専らクリエイティブな世界に身を置いて30年。
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いつまで続くかは皆さん次第。


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