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プロデューサーって何?(第2回)

ある人がツイッターで、こういう問題提起をされていた。

さして経験もなく予算も持たされていない若手をいきなりプロデューサーにする風潮がある。
年寄りDを仕切るのは難儀。いわばチーママ的存在。


放送局のなんちゃってプロデューサーが若年化しているということらしい。
今の放送局(特にラジオ局)の経営陣は、プロデューサーの価値をわかっていないのだろう。
つまりは、単なる番組の管理者としてしか見ていない。
どうせ、番組の企画制作は外部の制作会社にやってもらえばいい。
社員プロデューサーはそれを管理せよということらしい。


本当にプロデューサーが、そういう存在であっていいと思っているのだろうか。
何故、面白い企画が現場から出てこないのか。
何故、これからのラジオ局の生き方に革命的なものが出てこないのか。
一言でいえば、プロデューサーにハングリーさがないからだ。
何が何でもこれがしたい、良い人材を発掘しヒットさせたい、ブームを巻き起こしたい、ああ、したくてたまらない!


そりゃ、誰だって有名になりたい、他の人より立場が上になりたいと思う。
だが、放送局の社員にとって、それは管理職への道であっても、専門職の技を磨く道ではない。
プロデューサーでがんばって、会社の中で権力の階段を昇りたいというのでは、プロデューサー的ハングリーさは生まれない。


何しろ、本当に力のある、誰でもが評価する放送局のプロデューサーは、ほとんどと言っていいほど出世しない。
本物のプロデューサーというものは、会社の管理の枠内からはみ出すものだ。
会社の枠内で、指示を出していても、下手をすると井の中のかわず、大海を知らずになりかねない。
プロデューサーの位置は放送局の中だけではない、もっと大きなクリエイティブの世界だ。
社内で権力の道を歩めば、クリエイティブの世界は閉ざされる。
付き合う相手が単純に権力にひれふす連中ばかりになれば、そこにはお山の大将の卑小なキングダムが生まれるだけだ。
プロデューサーは王になってはならない。
意識は上にありながら、常に大衆とともに時代と寝ることが要求されている。
時代のビート、時代のバイブレーション、それらを身体に共鳴させつつ、日々進化していく、それがプロデューサーの心得でもあるのだ。


管理なんて、くそくらえ!
権力なんて、投げ捨てろ!
そんなものに、なびく愚かどもを意識の外へ葬り去れ!
プロデューサーにふさわしいもの、それは他者への愛、自分への究極的な問いかけだ。
人々の犠牲の上に、自分の成功を夢見る、なんちゃってプロデューサーなんか、地獄へ落ちろ!
と深淵にかかる綱の上の愚か者は今日もぼやいております。



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100以上の番組、ライブを中心としたイベント、舞台、映画など、専らクリエイティブな世界に身を置いて30年。
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いつまで続くかは皆さん次第。


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