Entries

ラジオディレクターの悲劇

ラジオディレクターは恵まれていない、そんな気が強くしている。
元ラジオ大阪のディレクター、中西欣一さん、その人を正当に評価してこそ、今後のラジオの未来が語られるはず、そう思ったのだが。
一体、ラジオは何をもって評価されているのか。
出演者?それだけでいいのだろうか。


前回のブログを書いた後、ツイッターに関連のコメントをアップした。

ラジオのディレクターは、正直恵まれていない気がする。これがテレビのディレクターだったり、映画の監督だったりしたら、ジャーナリズムに色々と取り上げられたりしていただろう。雑誌の編集者にしてもそうだ。だが、ラジオの名物ディレクターは簡単に忘れ去られる。まるで音が消えてしまうように。


他にもツイートしたのだが、これだけが思いの外、リツイートされた。
同じような問題意識を持つ人が多かったのだろうか。
言いたいのは一言。
ラジオディレクターは、現状では拡大再生産されない。


つまり、ラジオには未来がないということの証でもある。
作り手が育たないのに、未来に何があるというのだろう。
衰退する伝統芸能と同じだ。
もし残したければ、ラジオディレクターを魅力ある仕事にしないといけない。
そんなことを真面目に考えているラジオ経営者など、どこにいるのだろう。


ある時から、ラジオ局は自前で番組を作らなくなった。
90年代、FM放送が全国に普及し始めたころからだろうか。
急激な番組需要をみたすために、制作会社が次々に生まれ、元々は録音番組が中心だったのに、各局の生放送スタッフも制作会社関係が増えていった。
ラジオ局の社員は、プロデューサーという立場で管理要員になっていく。
しかも、ラジオ局の偉いさんはそれで良しとし、社員がやっても外部スタッフがやっても変わりないと吹聴されたりした。
社員が番組をやると残業代が増える、経費も増える、外部スタッフで処理すれば、会計的にも楽だ。(福利関係の費用や総務的作業も軽減されるし)


制作会社からしても、仕事が増えることはいいことだった。
局の番組制作を枠ごと任せてもらえれば、いい金になる。
かつてラジオは、そこそこ儲かっていた、少々の制作費など何ともなかったのだ。
だが、バブルがはじけ、インターネットにより人々のメディア環境が変わり始めた頃から、頼みの制作費はラジオ局の利益出しのためにどんどん削減された。
制作会社冬の時代の始まり~そして今に至る。
どこにラジオディレクターを育てようというモーチベーションが働くだろう。
ただ、言われた通りに、少ない予算で効率的に番組を作る、そんなディレクターしか重宝されなくなるのは必然だったろう。


ラジオ局を評価する時に、もっとそれを作った主体~ディレクターに焦点をあてるべきではないか。
最近、ますますそう思うようになっている。
実際、昔つきあった方々(レコード会社とか出演者とか、マネージャーとか)は、しきりに前にはこんなディレクターがいた、あんなプロデューサーがいたとよく口に出される。
確かに、その人たちが日々つきあうのは局のディレクターやプロデューサーたちだった。
今は、それに値する人は極めて少ない。(相手をするのは外部のスタッフだし、彼らは局の中に常時いるわけではないし、また放送局の内部情報にも通じていない。)


だから、ラジオ局はもっと自分たちで制作者を育成しないといけない。
外で育った人材を便宜的に利用するだけでは、外への独自の広がりなどないのだから。


さて、思った以上に書きすぎてしまった。
本当はラジオ局はこうであってほしい、そんなことをまたの機会に書いてみようかなと、今は少し思っている。

スポンサーサイト
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
http://from3.blog.fc2.com/tb.php/322-e392b111

トラックバック

コメント

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

Appendix

四季の花時計

プロフィール

フロムさん

Author:フロムさん


100以上の番組、ライブを中心としたイベント、舞台、映画など、専らクリエイティブな世界に身を置いて30年。
言いたいことは一杯あっても、口に出せないことだらけ。
せめてはその一部でも書き残そうと試しに作ったブログ。
いつまで続くかは皆さん次第。


ツイッターHN :abex795 

アクセスカウンター

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
テレビ・ラジオ
179位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
ラジオ
10位
アクセスランキングを見る>>

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム

QRコード

QR

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる