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私はいかにしてプロデューサーになったのか(第13回-最終回)

■オールナイト生放送始まる

さて、いよいよ生放送当日。
放送は深夜1時からだが、バイク便の第一陣が12時ごろ無事到着。
2アーチストのライブが収録されていました。
これで、とにかくオールナイトライブ生放送のカッコはつきそうだとほっと胸をなでおろしました。
もし音源が届かなくとも、2~3のアーチストがスタジオに来てくれることになっているので、雰囲気だけは作れます。
また、このアーチスト、実は大阪城ホールのバンドスタンド出演アーチスト、本当はゲスト出演というのは遠慮すべきことかもしれないけど、伊藤銀次さんのネームバリューのおかげか、何の疑問も持たずスタジオに来てくれました。
その時の出演アーチスト、どこかに資料はないかと探したのですが、結局見つからず。
FM大阪にある当時のタイムテーブルの資料でわかるかと思ったのですが、
考えたら、タイムテーブルができるのは前の月。
12月に入って決まった番組のことなど書いているはずもありませんでした。
とにかく、国会図書館でのチェックをお待ちくださいね。
(誰も待ってない?そんなこと言わずに、チャムカンマン、キダリセヨ。)

■打上げは寄せ鍋で

放送は、おかげさまで見事にフォーマット通りに進行し、朝5時で終了しました。
お疲れさまでした~!
打ち上げは、正月ということで、FM大阪内の談話室に二つの寄せ鍋を置き、とりあえずビールで乾杯。
夏木晴美さんは、こんな放送局内で寄せ鍋がぐつぐつ煮えているのを見て感激されておられました。
どういう形であれ、打上げはやっておくべきことですね、そう思いませんか?
まあ、そういうことで、東京支社のH君が電通内で得てきた「東芝が大晦日ライブを探している」という情報が、こうして一つの番組になり、無事オンエアも終わりました。
代理店から、これを作れと言われたわけではありません。
自分たちの創意工夫で何とかクライアントの要望に合致する企画を開発することができたわけです。

■何もないところから、何かを作るのがプロデューサーの力

何もないところから、何かを作るのがプロデューサーの力です。
私は、この成功例を元に、その後、多くのイベント、ミュージカル、映画を作っていくことになります。
楽ではありません、心がすり減ることもしょっちゅうですし、だまされることも何度あったかわかりません。
しかし、そういう経験の一つ一つが今の私のプロデュース能力を作ったのだというのは事実でしょう。
私は、もはや昔なら一線を退くべき年齢に達しようとしております。
かってのような何億という費用のかかるイベントをプロデュースしようとはもはや思いませんが、地域の小さなイベント、たいそうでない番組制作などは、これからも地道にやっていこうかと思っております。
ということで、シリーズ「私はいかにしてプロデューサーになったか」、このあたりでひとまず終了とさせていただきます。
ありがとうございました。



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100以上の番組、ライブを中心としたイベント、舞台、映画など、専らクリエイティブな世界に身を置いて30年。
言いたいことは一杯あっても、口に出せないことだらけ。
せめてはその一部でも書き残そうと試しに作ったブログ。
いつまで続くかは皆さん次第。


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