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ラジオ、その時流れが変わった~予告編

正月、昔の資料を整理していたら、FM大阪の決算資料が出てきました。

12/18のブログで、2010年の売上などを取り上げましたが、その時の数字を再掲してみます。
売上  22億8,288万円(2010年3月期)
営業利益 6,455万円(2010年3月期)
純利益 4,707万円(2010年3月期)
で、私が見つけた資料は昭和63年(1988年)の上半期分です。
それによれば、
売上 22億8532万(1988年4~9月)
営業利益 4億9188万(同)
純利益 5億5860万(同)
何かすごいと思われませんか。


今の年間の売上を、半期で稼いでいたのです。
しかも、半期で10倍以上の利益をあげていた。
1年に換算すると、年間売上は46億近いですし、利益は10億以上計上していた。
優良企業そのものの決算と言わざるを得ません、本当いい時代だったと思います。
ちなみに、この頃の社員数は74人です。
今はそうですね、40人もいないでしょう。


当時の社長、山田稔さん(ダイキン工業社長、関経連副会長)は、放送局の社長なんか誰でもできると揶揄されていたことを思い出しますが、確かに誰が社長をやっても、よほどの浪費家でない限り、経営なんか楽なものだったろうと思います。
放送局は利権だった、確かにそう思いますね、社員の給与も1000万クラスがざらにいた時代でもあります。


ただし、FM大阪にとって楽だったのはこの頃までだったかもしれません。
次の年は平成元年(1989年)、あのFM802が生まれた年です。
地域のFM局として独占的立場にあったFM大阪が、相当な強敵の出現に会社自体が揺れ動きはじめた年でもあります。
業績は徐々に悪くなっていくのですが、世の中1992年ぐらいまではバブル景気が続いていたので、数字だけは何とか作ることができていたといいますが、1993年からは一気に落ちて行くことになったようです。


なお、私がFM大阪(東京支社)にいたのは1992年まで、その年ミュージックバードに出向しFM大阪からは隔絶、その後転職してしまうので、一気に落ちて行くころは経験しておりません。
その頃のこと、当時の責任者の方から詳しくお聞きしたいと思い、先日5年前まで専務取締役の立場におられた人とお会いしました。
何故、FM大阪が売上を半分以下にまで落としてしまったのか、その経過の中で内部でどんなことが起きていたのか、是非お聞かせください、できれば実名でこのブログを使って証言してもらえればとお願いしたわけです。
その方は、基本的にかまわないよ、他の人の名前が出ることにはちょっと抵抗はあるけどね、とのことでしたが、何とか私の疑問にはお答えいただけそうです。


ということで、近いうちにインタビューの場を設定することにし、その時の模様をこのブログの中で発表するつもりです。
多分、2月の上旬には形にすることができるでしょう。
何回かにわたる連載になると思われますが、よろしくお願いしたいと思います。


ということで、今回は「ラジオ、その時流れが変わった」の予告編ということでお届けしました。
インタビューでお聞きすることなど、今からまとめてみようと思っています。
ご質問、ご希望などありましたら、コメントなりメールなりいただければ幸いです。




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100以上の番組、ライブを中心としたイベント、舞台、映画など、専らクリエイティブな世界に身を置いて30年。
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いつまで続くかは皆さん次第。


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