Entries

われらの狂気を生き延びる道を教えよ

「われらの狂気を生き延びる道を教えよ」
そんな言葉が頭の中に浮かんだ。
今の時代に生きる私を、的確につかんだ言葉がそれだ。
大江健三郎氏の1975年の作品。
新潮社の説明文は次の通りだ。

核の暴力。一瞬で世界が消滅する、恐怖に耐えられるか。
外部からおそいかかる時代の狂気、あるいは、自分の内部から暗い過去との血のつながりにおいて、自分ひとりの存在に根ざしてあらわれてくる狂気にとらわれながら、核時代を生き延びる人間の絶望感とそこからの解放の道を、豊かな詩的感覚と想像力で構築する。『万延元年のフットボール』から『洪水はわが魂に及び』への橋わたしをなす、ひとつながりの充実した作品群である。


私は核時代をどうのこうのと言っているのではない。
ただ、今の社会の病理、あるいは現象的に現れている人々の行動、そしてそれらを同時的に体験している私の中で生まれる狂気じみたものに対抗しようとすれば、心の中でその言葉を繰り返すしかない。
「われらの狂気を生き延びる道を教えよ」


大震災、大津波、それらは自然現象であるがゆえに、私の中には理不尽でもそれを甘受する以外人間にできることはないという諦念、あるいは悟りがある。
しかし、原発事故となると、それらを甘受するための言葉を私は見出せないのだ。
そこには人の業があり、その業ゆえか、それを消化できない人間の限界を感じる。
原発だけではない、人が自然でないものを作り上げていく中で、それが非自然であるがゆえに、自分の中の免疫のようなものが、それを排除しようとして動き出す。
例えば、それが本来肯定できない狂気のようなものに簡単にメタモルフォーゼしかねない。
狂気は怒りとともにやってくる。
それは人々の狂気と遭遇する時、より大きな怒りに膨れ上がる。
それを止めるためには、私はその時代の中から生まれる私の狂気を少しでも、単なる狂気として言語化し、その潜在的なポテンシャルを減じないといけない。


都会は、ある意味それを許さない。
人がセグメントとしてバラバラにばら撒かれるがゆえに、それを統合しようという意志がついていけない。
狂気は今も人の加速度的な営みによって増殖する。
マスコミ、とりわけテレビと言う存在は元凶だろうし、それを裏返したかのようなネットの網が狂気を更に亢進させている。
それを否定的に語っているわけではない。
現実を描写しているだけだ。
私は、その世界以外に世界を知らないし、もっと高みから、人々の愚行をあざ笑える立場にもいない。


大江氏が、核の世界には狂気が寄り添っていると書かれたように、核の二番煎じのような原発の増殖にも人々の狂気、そしてそれにあおられる自分の中の狂気が醜い言葉とともに口に出てきたりするのだ。
社会の風潮は狂気の裏返しだ。
政治の混乱も、誤った行為をしたと人が断じたことによって、国家によるリンチのような作為が秘かに行われていくことにしても、我らは本来そこに人々の狂気を感じなければいけないはずなのに、それが正義だ、悪だとの中傷めいた言葉に粉飾されることにより、あるいはきわめて単純な二項対立に矮小化されることにより、私は日々、それらが作る音の波、あるいは情念の波を受け止めないといけない。


そんなのどうでもいいじゃないか、そういう結論を最後に人々の脳裏に焼き付けて、今日の作業は終了なのだろう。
何かをしないといけないと思った人にも、何かをしたところでどうなるものでもない、あなたはよくやった、はいお疲れさんでその日を終えさせる。
こうして、毎日毎日が、何かを膨大に残しながら過ぎていく。
井上陽水「都会では自殺する若者が増えている、だけども問題は今日の雨、傘がない。」


絶望しているわけではない。
ささやかな幸せが、時として道端に咲く一輪の花のように現れた時、私の中の狂気はしばしの休息に入る。
そうか、狂気と死への恐怖は同等なのか。
一度、死を忘れさせる時間は至福であり、またそれが長く続かないことを知る。
死が狂気の結論なのだろうか。
すべてはそこに流れ込むだけといえば、人は享楽に生きる道を探すしかない。
金が要るなら、金を寄越せ。
何か、人の営みは輪廻する。
愛だの金だの名誉だの・・・疎ましきことを排除するために私は今日も自然であるものを自分の中に見出そうと努力し、おのれの免疫を高める。
そう、このブログも私の免疫を高めるのに役立つはず。
受け入れるためではない、多くの悪しきものを排除するために、このささやかな作業は有意義なのだ、私には。





スポンサーサイト
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
http://from3.blog.fc2.com/tb.php/185-9287f1e7

トラックバック

[T21] まとめtyaiました【われらの狂気を生き延びる道を教えよ】

「われらの狂気を生き延びる道を教えよ」そんな言葉が頭の中に浮かんだ。今の時代に生きる私を、的確につかんだ言葉がそれだ。大江健三郎氏の1975年の作品。新潮社の説明文は次の通

コメント

[C53] はじめまして

住ながら、首都圏のFMを日常的に聴取しています。
地方局と比較して良いところは、オリジナルの交通情報の局やサウンドロゴのクオリティーの高さです。しかし、番組のクオリティーは、首をかしげてしまうものが少なくありません。本当に真実を伝えているのか疑問を感じています。スポンサー優先なのは仕方ないないですが、聴取借が置き去りになっているように感じます。
  • 2013-08-13 11:56
  • だいすけ@鹿児島
  • URL
  • 編集

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

Appendix

四季の花時計

プロフィール

フロムさん

Author:フロムさん


100以上の番組、ライブを中心としたイベント、舞台、映画など、専らクリエイティブな世界に身を置いて30年。
言いたいことは一杯あっても、口に出せないことだらけ。
せめてはその一部でも書き残そうと試しに作ったブログ。
いつまで続くかは皆さん次第。


ツイッターHN :abex795 

アクセスカウンター

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
テレビ・ラジオ
193位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
ラジオ
11位
アクセスランキングを見る>>

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム

QRコード

QR

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる