Entries

少数派の価値

私の人生を顧みる時、大方の場合私は少数派にいたという実感がある。
多数派に与することを善しとしなかったというか、自分を主張しようと思えば少数派にとどまらざるを得なかったというか。
だから、学校の中では常に浮いた存在だったし、成績はそこそこ良くてもクラスの指導的立場にはなかなか着けなかった。
多分、ありえないことなのだろうが、一年間、何の役職にもつかなかった時もある。
中学校の時代だ、選挙で全く選ばれなかった。
担任の先生に言われた、「あなた、人との接し方に問題があるんじゃないの?」
中学生にそんなことはわからない、ただ自分の思いに忠実であればあるほど、そんな境遇にしか自分を置けなくなっていた。
少数派になりたかったわけではない、自分が自分であるためには、少数派の場所しか残っていなかったのだ。


クラスで人気がない、それは認めざるをえなかった時もある。
何故、そんな態度をとったのか、今はわからない。
孤立していたのかと聞かれると、そんなことはないと答えるだろう。
クラブ活動も人並みにやっていたし、担任の先生を尊敬していたこともある。
しかも、さっきも書いたが、さほど勉強しなくても成績は落ちなかった。
中学2年でビートルズに心酔し、3年の時にはサルバドール・ダリの「記憶の不滅」を教科書で見て以来、シュールレアリズムの虜になった。
別に普通の男の子なのに、のめりこむ対象が人と違っていた、それも認めざるをえない。


高校~大学、哲学に耽溺し、中国の古典の世界に魂をゆさぶられ、そしてマルキシズムの洗礼を受けた。
若者が罹るはしかのようなものだ。
しばらく大学を離れ、そしてほとんどの学友とのつきあいが希薄になった。
その代わり、詩の世界に自分を置いた。
いくつかの同人になり、毎日詩を書き続け、紆余曲折を経た後、ある人との関わりの中で学にめざめた。
そうか、大学院に行って、この研究をしよう。
この研究?何をするつもりだったのだろう。
大学にはとんでもなく高価なコンピュータがあり、それを自由に使うことができた。(まだ鑽孔テープの時代である。)
芥川龍之介の短編をTAT的手法で分析したところ、思いがけない彼の性格をあぶり出すことができたりした。
その時の論文は大学に提出し、講座の助教授に評価されたのだが、今ではそれがどんなものであったのかも思い出せない。
なら、わざわざ書くな?ま、そうですわね。


で、その後、私は前にも書いたが、しゃれでFM大阪を受験し、何故か合格してしまう。
そして二度と研究の場に戻ることなく、20年ほどで会社をやめ、何となくプロデューサーなどという名刺を持ちながら今に至ったというわけである。
職業は何ですか?と聞かれれば、プロデューサーだと答える。
何のプロデューサー?には、ラジオをメインに、イベント、舞台、映画のプロデューサーを少々などと。
でも、それ以上は余り言えない。
そんなにメジャーな存在じゃないし、相変わらず多くの人から支持もされていない。
早い話、人気がない、それは学校時代からずっとそう。


でも、世の中には良い人が多い。
こんな私にも、時々仕事の話をふってくださる。
もちろん、いい年になった私である、我を張って、孤高の立場を守り続けるなどということはしない。
精一杯笑い、精一杯自分の力を使い、精一杯ご期待にこたえるようにしている。
当たり前だ、それができなきゃ、とっくに業界から消えていただろう。


放送局に入社した時の同期、みんな自己主張は強く、批判精神は旺盛だった。
私よりも会社をぼろかすに言い、こんな会社なんかいつでも辞めてやると豪語していた。
労働組合では、会社側を思い切り締め上げていた、給与を上げろ!金を寄こせ!ゼニじゃ、ゼニ寄こさんかい、と叫んでいた。
でも、そんな彼らは結局ずっと多数派の中で生き、辞めることもなく定年まで働き続けた。
いつでも辞めてやると言ったものは最後まで会社に残り、そんな不満もなく、会社に感謝したい気持ちで一杯の私は、ただここは自分のいる場所ではないと思った時にすっぱり退社を決意した。
ここでも私は少数派だった。
そんなことをすれば損するだけじゃないかと言う声を背中に聞きながら、私は颯爽とサラリーマンの出口を出て行った。


損をしたか?
金銭的にはもちろんイエス。
でも、精神的には何とも言えない・・・。
ただ今これだけは自分の心の糧となっている。
世の中を変えていけるのは常に少数派だけである。
多数派は、そこにいることを求めるがゆえに、どんどん時代に取り残されるのだ、と。


だから、私が今まで書いてきたようなラジオの危機、衰退に立ち向かうには、多数派でいたいと思うものには不可能なのだと思う。
右を見て、左を見て、おそるおそる足を出すようなラジオ局の経営者に、今の状態から脱する処方箋など書けるはずもない。
社長はどうせ孤独なのである。
だから、自分をまず少数派の場所に置き、そこから多数を駆逐するぐらいの意気込みで会社経営をしなければ、ラジオがもう一度メディアの中核に戻ることなどできるはずもない。


孤立から逃げるな、ラジオ局の経営者。
多数に傾けば傾くほど、ラジオの経営状態も傾いていくのだ。

連帯を求めて孤立を恐れず。
力及ばすして倒れることを辞さないが、力尽くさずして挫けることを拒否する。

ま、そういうことだ。



スポンサーサイト
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
http://from3.blog.fc2.com/tb.php/163-ef5fab87

トラックバック

コメント

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

Appendix

四季の花時計

プロフィール

フロムさん

Author:フロムさん


100以上の番組、ライブを中心としたイベント、舞台、映画など、専らクリエイティブな世界に身を置いて30年。
言いたいことは一杯あっても、口に出せないことだらけ。
せめてはその一部でも書き残そうと試しに作ったブログ。
いつまで続くかは皆さん次第。


ツイッターHN :abex795 

アクセスカウンター

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
テレビ・ラジオ
179位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
ラジオ
10位
アクセスランキングを見る>>

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム

QRコード

QR

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる