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シリーズ ラジオの売り方(3)

ラジオ局は自分でビジネスモデルを作ったことはない、というのが私の持論です。
商業放送というのは、専ら広告代理店によってビジネス化され、その延長線で今があると思うのです。
FM局の例で少し考えてみましょう。
以下は、私のもう一つのブログ、「フロムさんの大きなお世話~コミュニティFM編」の「2009-09-14 失敗物語・5」で、書いたものです。

2006-09-03のこの欄で「コミュニティFMのイメージ」というタイトルをつけ、エフエム大分の失敗についてさらっと触れたことがあります。
   

その当時、私はよく1990年開局のFM大分の失敗を例に出したものである。
何をどう思ったのか、開局当時のFM大分の方は全部自社制作で経営ができると思われていたのだ。
だからJFNにも入らず、1年ほど続けていたのだが、結局ギブアップ。
放送局さえ作れば、その日からどんどん儲かるという神話は、あっという間に消え去ったのである。


もちろん、FM大分が失敗した話など、ウェブ上にはほとんど上がっていません。
ただ、FM大分の会長だった丹羽登さんが、「戦略の本質」(和田勲生著 ダイアモンド社刊)の書評でこう書いておられます。

エフエム大分の開局は、在京キー局から番組の配信を受けず、全番組を自社制作もしくはそれに準ずるもので構成する“独立局”としてスタートしました。
戦略を練りに練って、その道を選択したのならいいのですが、当時、独立局ブームだったこともあり、その流れのなかで取り組んだわけです。
しかし、地域性や聴取者のニーズを的確に把握できていないと判断し、もう一度じっくりと協議した結果、現体制となったわけです。


考えた上で、独立路線をとったのではなく、ブームだったからそれに乗っかったのだと書いておられるようです。
独立局というブームがあるから、うちも大丈夫だろうという発想、コミュニティFMの開局時にも同様のものがよく見られまた。
エフエム大分の方にとっても、県域FMとしてスタートできたことだけで一安心されたのだと思います。
後は、今一番はやっているのは、TFMの傘下に入ることではなく独立局として自分たちを差別化することだと考えて、JFNの加盟をせずに独自路線。
でも、東京での営業が思うようにいかず、制作費がリクープできないことに気づいて頭を下げてJFNに加盟。
当時、東京でその状況を間近で見た私には、とても印象深い失敗例となったのです。
1990年(平成2年)といえば、確かに東京や大阪の第二局、千葉、埼玉、京都、神戸と独立系のFM局が話題になっていましたから、独立局でも何とかなると思う気持ちはわかります。
しかし、JFNというものを少しでも知っていれば、大分というローカルでそれをやるのは無理だということは自ずとわかったはずです。
ある広告代理店の方も、それを強く主張されていました。
でも、結局聞いてもらえなかった、誰かとんでもなく間違った考え方をしているキーマンがいるみたいだと私にもため息混じりに話されていました。


ブームに乗ってしまったと書いておられますが、乗させようとする人々がまわりに大勢いたのでしょう。
大体、放送局を始める時に、その人たちは何を参考にしておられると思いますか。
とにかく、誰か詳しそうな人を呼んで、その人の言うとおりにするというのが多いんです、何故か。
例えば、J-WAVEとかFM802のように、そこそこ業務に精通していて、新しい放送局を作るんだという情熱にあふれた人が集まってきたら、それなりに形にはなります。
ところが、ほとんどの後発局(コミュニティFM含む)には、そんなイノベーションを起こせるような能力を持った人を呼び寄せる力はありません。
玉石混交のスタッフを集め、何かグダグダのままスタートするというのが普通です。(J-WAVEや802も、最初はグダグダだったはずです。でも時間が経つうちにバランスのいい編成に収斂させる力が彼らにはあったのです。)


とにかく放送局を始めた人たちにビジネスモデルなどありません。
やれば儲かるはず、それだけです。
何故なら、みんなそう言っていたから。
ローカル局はそれゆえ、キー局におんぶに抱っこになります。
キー局の人がいうことを必死になって勉強します。
は~なるほどね~、放送局というのはそういうものなんですね~。
キー局の人が言っていること、技術的なことや番組制作のことはマアマア独自のノーハウも持っておられたりしますが、営業的なものになると、ほとんどが大きな広告代理店からの受け売りだったりします。
(営業的というよりもマーケティング的といった方がより正確?)


言い換えれば、広告代理店は放送局に大きな下駄をはかせてくれていたのです。
その上で、放送局は商売してきた。
今のラジオ局、その大きな下駄が段々すりへってくると、自分ではどうしようもなくなり、こんなはずじゃなかったと言う間に、どんどん売上が落ちていったと言わざるをえないのです。
で、最近何と言っているか。
営業は、広告代理店をもっと回れ、もっと大きな下駄をはかせてもらおう!


そういう意味では、広告代理店にもう一度ビジネスモデルを作り直してもらうことには賛成です。
本当に作ってくれればの話ですが。
その端的な例がradikoだと思いますし、又これからも、もっと提示されてくるような気もします。
問題は、その広告代理店が、一部の局が熱心なV-lowデジタルラジオ放送にどれだけ熱心になってくれるか。
さて、どうなのでしょう、私の考えは....あ、また関係者から怒られるから今日はやめときます。
ということで、又次回。




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