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漂流するフロムさん

漂流するフロムさん、最近そんな気分。
親の介護が重くのしかかり、ただ時間だけが過ぎ去っている。
その間、色んな仕事のオファーがあったり、自分でも企画などを考えたりしているのだが、それを実行に移す時間が少ない。
仕事をするためには人と会わないといけない。
情報を交換し、ニーズを確かめ、ソリューションを提案する、そのプロセスが仕事を生む。
しかし、時間がなければ、その可能性は低い。
偶然の出会いを待つのみ。
時代の上っ面をなでていても、私のような立場の者には富はやってこない。
あきらめるか、と思っている。
月に照らされながら、流されていく雲。
最近、そんな気分。
とりあえず、何か書いてみました。
多分、あとで消します。

しばらくお休み

長くブログを更新しなかったことに気づきました。
この間、私は何をしていたのでしょう。
色々あったのですが、ツイッターとかFBとか、少しはやっていたのですが、発信能力は相当落ちてますね。
これではいけないと思うのですが、やはり年には勝てず、なんちゃって。
近々、更新します。
まだまだ頑張らなくちゃ。

とりあえず

あっという間に1か月立ちますね。
今あまり余裕がないので、時間ができ次第、今の私の活動について書きます。
すみません、中身がなくて。

ラジオが好きということ

V-Lowマルチメディア放送、i-dioからCrimson FM(Rakuten.FM)が撤退するという。
他にも、今月終了するコンテンツがあるらしい。
もはや何のために放送しているのかわからないという声も多い、マルチメディア放送。
つまりユーザーがいないのだ、それを心から必要としているリスナーがいないラジオ。
何のために作ったのだろう。
お金が集まってしまうのも良し悪しだ。


ラジオが好きな人は今もいっぱいいる。
毎日ラジオを聴くのが楽しみだと言う人もいっぱいいる。
私もその一人だが、残念ながらi-dioを何が何でも聞きたいとは少しも思わない。
魅力的ではないといえばそれまでなのだが、誰もそれを話題にしないので、日常に言葉が現れてこないのだ。
これからどうするつもりか、責任者に聞いてみたいものだ。


ところで、ラジオが好きということは、どういうことなのだろう。
自分の時間をラジオに捧げる、その価値がある、そう信じ込んでいる状態なのだろうか。
つまりはラジオ信者だ、そうでない人にとっては、全く心に響かない媒体なのかもしれない。
まあいい、私はラジオ信者の一人なのだ、文句あるか・・・。


ラジオ体験、私の場合は3~4歳の頃だったと思う。
覚えているのは、相撲の実況。
箪笥の上に置いてあった古めかしいラジオから、それは流れていた。
裁縫をする母の横で、3歳の私は楽しみに聞いていたという。
古関裕而さんの「スポーツショー行進曲」の主旋律が流れ、それとクロスする形で触れ太鼓の音がなり、場内のガヤが加わってアナウンサーの声が聞こえてくる。
子供の心が躍る瞬間だった。
その影響でか、新聞の相撲記事もその頃から好んで見ており、関取の難しい漢字もほとんど覚えていたという。


同じころ、近く(阪和線美章園駅)に住んでいる縁もあってか、蝶々雄二さんのラジオ番組「漫才学校」や「夫婦善哉」などもよくわからないながらも聞いていた。
江戸の落語とか浪曲なども、よく耳にした。
上方落語は、正直いってその頃はあまりラジオから聞こえてこなかったような気がする。


小学校に入り、今度は歌謡曲をよく聞いた。
家が下宿屋をやっていたので、若い人がラジオで歌謡曲を聴いている横で一緒に耳をすませ、石原裕次郎や赤木圭一郎の歌を覚えた。
若い人は、学生さんだったり、労働者だったりで、ラジオは少ない娯楽の一つだったのだろう。
母も、三橋美智也や高田浩吉が好きだったので、自然と私もそれらの曲を覚えた。
ラジオとともに覚えた曲、今もすらすらと歌詞が出てくる。


そして小学校の高学年になり、ポピュラー・ミュージックの洗礼を受ける。
コニー・フランシスにジョニー・ソマーズ、彼女の「ワン・ボーイ」は今も心の遠いところをくすぐる。
ラジオで音楽を聴く子供がここに生まれ、それが中学時代になってビートルズと出会うのだ。
このあたり、書くと長くなるので別の項に譲るが、とにかく新しい文化はラジオから次々を流れてきた。
桂米朝さんを中心とした上方落語の復興、徳川無声さんの朗読劇「聊斎志異」なども心に残る。(ただし、聊斎志異についてはネットで見る限り、そのような放送があった記述が見つからない。私の中では中国文学に興味を持つきっかけだったので、絶対にあったはずという気がするのだが。)


この後は、深夜放送が話題になり、色んな番組やラジオDJが活躍するのだが、それについては既に多くの人が書いていることなので、ここでは触れない。
しかし、ラジオは本当に若い人たちから愛されていた。
今のネットやスマホがなくてはならないのと同じように、ラジオはなくてはならなかった。
青春の何百ページがラジオとともにあった。
それを今も愛さないはずはなかろう。


だが、ラジオは過去のような栄光はもはや持たないだろう。
今のラジオが持ってくるものは、もはや色あせた文化のみだ。
ラジオショッピングなどというのは、ラジオをますます艶消しにさせる情けない劣文化だ。
未来の扉を開ける風を持たないラジオは、もはや千の風の下で朽ちていくだけだ。
ラジオが好きだという私の気持ちは、ただその風に揺らぐのみなのだろう。


マルチメディア放送、今からでも遅くない、そのあたりを見据えながら、再び新しい未来の可能性を提示してもらえないだろうか。
もちろん、私の出る幕はない、それは認めざるをえないにしても、私にその夢をもう一度見させてほしいと思う気持ちまで否定してもらいたくない。

ラジオと一緒に今しばらく踊っていたい、そう思う人はまだまだいっぱいいるはずなのだから。

よしなしごと

3/25に書いたことだが、NHKのインターネットラジオ「らじるらじる」が、どうも私の聞いた噂どおりになる感じがしてきた。
先日、らじるらじるアプリを起動すると、いきなり規約の同意画面に。
さっと読むと、本アプリは予告なしに終了するとあった。
つまりは、突然「らじるらじる」のサービスが終わっても文句言わないでね、ということだろう。
前の規約にもその文面があったのかどうか覚えていないのが残念だが、radikoに参画、その後「らじるらじる」サービスの停止ということになるのではないか、と。
間違っていたら、ご免だけど。


i-dio関連では、5/19に加古川に予備免許が下りた。
V-ALERT、つまり災害放送にV-Low帯を使うことが認可されたということだ。
実際にどんなサービスになるのかは、本当に災害が起きない限り一般的にはよくわからないかもしれない。
肝心のその放送を聞くための端末(ラジオ)が、これからどれだけ普及するのだろう。
わかっている人だけがわかっている段階から一歩も出ていない段階。
どんな手段で、地域の人に認知させるのだろう、難しいだろうな。
しかし、i-dio自体の存在がいかにも危ういのは否定できない。
全国への置局を急ぐよう国から要請されても、誰の責任でそれに対応するのだろう。
洞ヶ峠の日和見、なんて話もちらほら。


でも、担当者はとても頑張っていると思う。
決まったことは忠実に実行している。
またそれなりにプランを作って、今後どうしたらいいかを日々リサーチし、問題提起をしている。
ま、そうでもない人もいるけど、貴重な自分の時間をi-dioに捧げている人も多いことを特記しておきたい。
私のミュージックバード時代と、それは同じだけど。


羅針盤のない時代に、大海に乗り出した人類のことを思う。
一体、どれだけの人が、二度と陸にもどれなかったことだろう。
そこにあるのは、希望という名の彼方だったのかもしれない。


それはそうと、日本、ますます物騒になっている。
国際的にもそうだが、国内的にも火遊びに近い事象が巻き起こっている。
権力者は怖い、特に今のような高度な情報化社会においては尚更だ。
どこかにリスクヘッジはあるのだろうか。
それを警告する人を今の権力は喜んではいないようだ。
危うい話だ、自分を守るシステムをどこかで考えておかなければ。


しかし、こんな社会になろうとはという気分だ。
壊れるなら壊れるしかないのかもしれない。
大きな流れに抗うのは人の力では難しい。
「俺たちはただの魚さ 川の流れまでは変えられない」(増田俊郎作詞 柳ジョージ/コイン・ランドリー・ブルース)

Appendix

四季の花時計

プロフィール

フロムさん

Author:フロムさん


100以上の番組、ライブを中心としたイベント、舞台、映画など、専らクリエイティブな世界に身を置いて30年。
言いたいことは一杯あっても、口に出せないことだらけ。
せめてはその一部でも書き残そうと試しに作ったブログ。
いつまで続くかは皆さん次第。


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